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Sunday, January 1, 2012

『シンクロニシティ』

リーダーシップとは、つまりは人間の可能性を解き放つということだ。すぐれたリーダーシップに必要な条件の一つは、そのグループにいる人々に活力を与える能力である。人々の心を動かし、勇気づけ、活動に集中させる能力であり、一心不乱に取り組み、最大限の力を発揮してものごとを行う手助けをする能力である。

人々に活力を与えるというこの能力の重要な要素は、その人たちにに対して伝えることだ。あなたがその人たちのすばらしさを信じている、ということを。その人たちにはほかの人に与えるべき何か大切なものがあることが、あなたにはわかっている、ということを。

『シンクロニシティ』 ジョセフ・ジャウォースキー

しかし、私に必要なのは、私が死にもの狂いになって求めたのは、知識や理解ではなく、体験であり、決定であり、突進であり、飛躍であった。

『荒野のおおかみ』 ヘルマン・ヘッセ

実家に帰って後期ヘッセの文庫本を持ち帰る。大学時代に受けたギリシア悲劇の授業で、教授がみずからの運命を生ききることの偉大さを解説していたが、そのための行動をとれるフィールドを持っているということの僥倖を噛みしめるべきなのだろう。個に固執するのではなく時間を超えた宇宙の真理に身を任せるとき、因果律を超えた偉大さは生まれる。

Monday, May 10, 2010

ハムレット

環境に適応するためにハムレットになろうと思い、気が付いたら本当の狂人になっていた、というのでは洒落にならない。

リルケの『マルテの手記』のなかに、長いあいだ仮面を付けすぎて本当の自分の顔を失った人の話が出てくるが、ペルソナを無理やり被ったことで、(あるいは被らざるをえない状況にいることで)、それまで自分が大切にしてきた「自分らしさ」を失ってしまうことだってあると思う。

構造主義的に言えば「主体」など幻想にすぎないのだが、それでも「素の私」は存在する。自分がいちばん自然でいられる場所、そんな自分に戻してくれる人というのは、本当に大切。

冷凍庫に入っているイクラの賞味期限、5/20だったよ。というメッセージを送ってみたり。それまでに食べられるといいけど。今日もフラフラです。

Wednesday, March 31, 2010

フリーダ

DVDで『フリーダ』を見る。苦痛と愛と表現。色々な人生があるものだと思う。

「苦しみがなくなるようにとか、苦しみが少なくなるようにとか求めないこと。そうではなく、苦しみによって損なわれないようにと求めること」

シモーヌ・ヴェイユ

バッハのマタイ受難曲(リヒテル指揮)を聴いている。何かあるときには常に聞くことにしている曲。

アルノー・デプレシャンのKings and Queensで、亡くなった夫との間にできた子供を巡って奮闘する女性がしゃっくりをあげて泣きじゃくる場面がある。本当に辛くて本当に悲しくて本当にどうしようもないとき、人間はあんなふうに泣くんだ、と思って非常なインパクトを受けた。と同時に、それはとても正しいことのようにも思えた。

「本当に真剣な哲学的問題はひとつしかない。それは自殺である。人生が生きるに値するか否かを判断すること、それこそが哲学の根本的な問題に答えるということだ。」

アルベール・カミュ

ドストエフスキーの『悪霊』に出てくるニコライ・スタヴローギンは文学史上おそらく最も深刻な人物であり、個人的にも自分の存在の本質に関わる。彼にとって人生は完全なる遊びであり、そこにはいかなる価値もない。ニヒリズムに耐えられなくなったスタヴローギンは最後には自殺する。

自らの存在を死の中に投棄することで自由?威厳?良心?が到来する、と言ったのはハイデガーだっただろうか?リルケは胸の中に死を抱くことで誇りが生まれる、というようなことを言っていた。

自分の運命に出会う。

ヘッセの『荒野の狼』の最後に出てくるゲーテの笑いは、おそらくはニーチェの影響下から生じたものだろうが、それはフランス的精神にも通じるところがある。自分自身を笑い飛ばすこと、状況が深刻になればなるほど、その状況を嘲笑すること。アイロニーの精神が消えたところに、アゼラリスト(ラブレーが作り、クンデラが再発見した語。決して笑わない真面目な人々、という意味)が現れる。

フランス文学を起点として人生が大きく変わり、様々な人と出会い、いろいろな場所に行った。それだけでも感謝しなければならない。

ドイツ教養小説の偉大さ。ひとりの人間の人生は、ひとつの芸術作品である。

少し疲れている。のどに違和感を感じたので、念のため少し早めに風邪薬を服用。

Monday, March 29, 2010

文学

ユスナールの『ハドリアヌス帝の回想』を購入。久々の文学作品。結局ここに戻ってくる。文学は自分の故郷であり、これまで心血を注いできた場所。形は変われども、ここから離れてはいけないと思う。たぶん、ここから離れたら自分自身が大きく損なわれる。(すでに少しずつ損なわれ始めている。)

この五年間で最も濃かった時期はパリ留学時代で、その頃の自分を完全にフォローしていたのは一人しかいない。そのことに気付いて、そうかと思い、哀しくなる。

昔の生徒から勉強の相談メール。明日の午前中、自宅のそばで会うことに。彼にもがんばって欲しい。なんだか、こういうポジションが性に合っている。自分としてはいちばん楽。

近所のジュンク堂でいろいろと本を物色。アルトー後期集成の第三部がようやく出ていた。予定から何年遅れたんだろう。流石にもう買う気にはならない。フロベールの『感情教育』の新訳も出ていた。読みたい本としてはムージルの『特性のない男』。二十世紀の三大小説のひとつ(残りはプルーストとジョイス)で、未完の大作。

プロとして文学をやっていくのは辛いご時世だけど、文学そのものの力は衰えることはない。社会の一員として何を行おうとも、どんな大きな仕事をしようとも、最終的には自分は一人の人間としていかに生きるのか、という問題に突き当たる。自分の核を形成する哲学が必要であり、哲学を育成する知性が必要であり、知性を鍛錬する良質の刺激が必要である。知性も筋肉と同じで、訓練しないと衰えていく。哲学的内省の時間をいかにしてとるか、ということを考えていかないと、おそらく大きな後悔をすることになる。

十年の時を経て、ようやく文学のアマチュア(愛好者)に戻れたのかもしれない、と思う。

Friday, March 26, 2010

ニーチェ

なんだかやたらと忙しい一週間。引越しやら家具の組み立てやら、日用品を買ったり家電を買いなおしたり、さらに講演会にも行ったし、インタビュー記事の校正や人との食事もあった(大学の後輩と知り合えて面白かったけど)。ここらで少し積極的休養をとらないと後に響きそう。

「人間は自由である。しかし自らを自由と信じない限り、もはや自由ではない」というようなことをカサノヴァが言っていた。

かつて、いかにカッコよくハッピーに生きるか、ということが自分のテーマだったことがある。そこら辺の基本は忘れてはいけないと思う。

いま、ニーチェの本が売れているらしい。しかし、ニーチェの中に何らかの答えを見いだそうとするならば、それはニーチェ自身を裏切ることとなる。ニーチェが言っているのは、現実を直視し、徹底的に自分の頭で考えること。彼は読者が自分の弟子になることを強く否定する。

二十歳くらいでニーチェと出会い、そこからずっとニーチェは私のそばにあった。現実を見つめ、たとえどんな状況にいようとも気高くあること、没落しようとも自らの道を進むこと、従うべき指針はみずからの手で作ること、世の中の善悪、道徳は歴史の中で形成された人為的な価値観であり、決して絶対的なものではないこと、そういったところに大きな影響を受けてきた。

ニーチェ曰く、人は誇り高い貴族でなければならない。しかし貴族の証しは過去の系譜によって決定されるのではない。現代の貴族は、みずからが作るみずからの未来によってその称号を手にする。自分がこれから成し遂げる行動、何を考え、何を行うか、それが自分自身を貴族へと変える。

ニーチェのツァラトゥストラの中に、こんなシーンがある。一匹の龍と一頭の獅子が対面している。龍のうろこには数千年もの歴史を背負った「汝成すべし(お前は~をしなければならない)」が刻み込まれている。対して獅子は「我欲す(私は~をしたい)」と吼えかかる。

龍に迎合するのではなく、獅子として生きること、そして現在の己を超越すること。いまの日本に、「我欲す」と吼えられる獅子がどれほどいるのだろうか?

人間は誰でも、獅子として生きる自由がある。獅子として吼えることができないのならば、あるいは吼えることすら忘れているのだとしたら、それは幻想の龍に知らないうちに絡めとられているからである。まずは、自分がいま一番したいことをやってみるといい。小さな欲望を叶えてあげることで、より大きな欲望が目を覚ます。ラカンが言うように、欲望に終わりはないのかもしれない。しかし欲望は生きるモチベーションとなる。

Saturday, February 20, 2010

レジス・ドブレ

完全休養。軽く筋トレをしただけ。

去年お世話になったエージョントからインタビューの依頼を受ける。自分の活動を総括する意味でも、OKを出そうかと思っている。

本棚からレジス・ドブレの『一般メディオロジー講義』を取り出し、パラパラとめくる。ある思想が現実的な力に至るまでのメディア(媒体)を、キリスト教やマルクス主義を引き合いに出しながら論じた本。これ、言い換えると、キリスト教やマルクス主義をケーススタディとしたマーケティングの戦略分析、ということになると思う。たとえば、キリスト教は新しい顧客(信者)を獲得するために、どのようなブランド戦略を作成したのか。

キリストを大工の息子として受肉させ、いちど大衆のレベルにまで落としたことで、潜在顧客である一般人は自己投影しやすいイメージを獲得した。「あのキリストだって神の領域にまで達することができたんだ。それなら私だって!」という風に。構造的にはプロアクティブの広告と同じ。高感度の高いタレントをイメージモデルとして起用し、「いまではこんなに素敵にな彼女も、昔はあなたと同じようににきびで悩んでいた。わが社の製品を使うことで彼女は変わることができた。だからあなたもわが社の製品を使いなさい!」と宣伝する。キリスト教もまた、「いまでは神の領域にいるキリストも、昔はあなたと同じような平民だった。神に目覚めたからこんなにも偉大になれたんだ。だからあなたもキリスト教に入りなさい!」という物語を提供する。(あるいは、「あなたと同じように身持ちを崩したアウグスティヌスも、キリスト教への回心を経てこんなに立派に!」キリスト教はそんな物語の宝庫。)

キリスト教のここら辺の構造を非難したのがニーチェ。キリスト教は最初に「この世は苦しい、人生はつらい」という世界観を吹き込み、次に「何も考えずにキリスト教に入れば救われますよ」とそそのかすことで拡大してきた、というのが彼の見解。

(だからと言って、ニーチェの超人思想が完璧だとも思わない。あまりにも観念的だし、充足を得るには他者の存在が必要、という現実も無視している。また、フランスで敬虔なカトリック教徒とずっと暮らした経験から、キリスト教がもたらす力強さにもリスペクトを抱いている。)

とにかく『一般メディオロジー講義』、コトラーのマーケティング入門書と一緒に読んで、近いうちにまとめてブログに載せます。自分の仕事に生かせる部分が見つかるかもしれないし。

* キリストを一人の人間として描き出したニコス・カザンザキスの『キリスト 最後のこころみ』を読むと、悩める若者、キリストに感情移入せずにはいられなくなる。この感情移入こそがキリスト教普及の原動力であった、と考えることもできるのだろう。ただ、「人間としてのキリスト」という解釈は異端なのかもしれない。実際カザンザキスは、この本が原因でキリスト教を破門させられている。

Tuesday, January 19, 2010

スピノザ

『バガボンド』の最新刊を購入。相変わらず面白い。世界観がますますスピノザに近づいてきている。人間は万物である天の一部にすぎない。だから「私」というものにそれほどこだわる必要もない。あらゆる物事はあらかじめ決定されていて、それゆえに人間は圧倒的に自由である、というあたりなんかは、まさにスピノザ。

ということで、上野修の『スピノザの世界』(講談社現代新書)を読み直す。スピノザ、オリジナルはあまりにも難しいので、まずは入門書から。

パリ時代、スピノザの講演会に出席する直前にも、たしかこの本を読み返した。講演会の内容はこんな感じだった。19世紀の終わりから20世紀にかけて、ニーチェ、マルクス、フロイトの三人によって主体は解体された。しかし、すでに17世紀に主体の解体を唱えた人物がいた。それがスピノザである。彼は人間を万物である神の属性と捉え、デカルト的な「私」に対するアンチテーゼを打ち出した。

自分の未来がすべて現在の自分にかかっていると思うと、この一瞬があまりにも重くなる。物事はあらかじめ決定されている、未来はすでに決まっている、と考えることで現在の自分が限りなく自由になる、自分自身であることに集中できる、ということはあると思う。

「石がこの瞬間に全身全霊で石であるように、樹が全身全霊で樹であるように、全身全霊でただ斬ることの裡(うち)に在る、その点において儂(わし)以上の人間を初めて見た!!」
『バガボンド』32巻

有名な経営者(松下幸之助だったかな?)が、重要な局面では「それが自然であるかどうか」を基準として決定を下すと良い、と書いていた。「天」や「神」という言葉を出すと大げさになるが、物事の自然なあり様に耳をすます、ということは大切だと思う。

そういえば、かつて大江健三郎が断筆宣言をしたときに、「これからはスピノザだけを読んで生きて行きたい」というようなことを言っていた。僕にとってもスピノザは気になる存在であり続けそう。

Thursday, January 7, 2010

没落していく者

ニーチェの『ツァラトゥストラ』にドップリとはまっていた時期がある。向上するために挑み続け、結果として破滅するならば、それはそれで美しいことなんだ、というメッセージに惹かれていたんだと思う。ツァラトゥストラ(=ニーチェ)は言う。

「わたしは愛する、没落していく者としてでなくては、生きるすべを知らない者たちを。というのは、彼らは向こうへ渡って行く者であるから。」(ちくま学芸文庫版)

「向こうへ渡って行」こう、という情熱はすでになくなった。しかし、「没落していく者」という感覚は分かるような気がする。

「すごい勢いで仕事をこなすわりには、あんまり情熱っていうのを感じないのよね。根本のところですごく冷めてる気がする」、ということを友達から言われた。ひょっとしたらニヒリストなのではないか、という結論に落ち着いたのだが、この人物評、僕の指導教授にそのまま送りたい。

ニーチェと現象学をアカデミックに勉強すると、どうしても世界との間に距離ができてしまう。根っこの部分でどこか人生を諦めてしまう。現代思想系の研究者たちは、だから何となく似ている。

すさまじい仕事量を自分自身に課して、ふらふらで倒れそうになりながらも、どこかでそれを楽しんでいる感覚。不健康なナルシズムと言ったらそれまでだが、そういうのも分かる。

Friday, January 1, 2010

人間の特権

正月らしいことも特にせず、普通の一日。午後から書類を作成し、夜は勉強会の打ち合わせなど。後は先日いただいた高級焼酎を飲んだりとか、そんな感じ。

「文化とは全く生産性のない時間を過ごすことだ」、というバタイユの主張もいいよな、と思う。「生産性を上げるために無駄な時間を排除する」とか、「未来のために現在の快楽を犠牲にする」というのもそれはそれでいいのだけれど、すべての活動を生存のために捧げる、というのでは動物と変わらない。人間なんだから、生き延びるという観点からは全く役に立たない時間を楽しむ、という特権を享受するのもいいのではないか。

「自分の生活をしっかりとマネンジメントして、確実にキャリアアップしていこう」という一面と、「そんなこと知ったこっちゃネェよ。ゴチャゴチャうっせぇな。いまやりてぇことだけやってくよ」という一面がある。基本的には「やりたいことだけやってくよ」という態度をとりつつ、手すさびとしてマネンジメントなどもしてみる、というのがいちばん合ってるな、と思う。

真面目になったとたんに人生は重くなり、フットワークも悪くなるからパフォーマンスも落ちていく。

全ての人にいい顔をしようとすると道に迷うし、自分のエッジも消えていく。自分のことを嫌っているやつらもいるんだ、ということを織り込んだ上で行動した方が個性も生きる。あとは、常識とか加減というものは基本的に邪魔クサイので、自分のフィーリングを大切に一気にグワッってやってった方がいいや、とも思う。

バタイユに代表される否定神学的な態度、研究対象としては流石にうんざりだけど、生きる指針としては相変わらず魅力的だな、と思う。そんな、色々なことを思う正月の夜。

Wednesday, December 30, 2009

人文業界

ここに来て、ようやく文学や哲学を楽しめるようになってきた。これまで、文学を専門としていたときには、読書を純粋に楽しむことなどできなかった。

人文系の業界も、なかなか厳しい状況にある。身も蓋もない言い方をすれば、人文系の勉強をいくらしたところで、食っていけないのだ。業界自体が収縮傾向にある。当然、ポストも限られてくる。限られたポストを巡って熾烈な争いが繰り広げられる。いかにしてポイントを稼ぐか、ということが研究の主眼になってくる。

専任の職を得られる者は、よほどの知力と運に恵まれた者だけである。非常勤でも収入が得られれば御の字。ただ雇用形態が不安定なため、人生設計は立てづらくなる。それではなぜ業界の外に出ないのか。純粋に自分の研究が好きだから、ということもあるだろう。自分の研究は人類の未来にとって必要なはずだ、という確信を持っているのかもしれない。あるいは、「いまさらもう遅いよ」、というあきらめの境地にいるのかもしれない。

心血を注いで書いた論文の読者は多くても数百人、誰かから感謝されるわけでもなく、お金になるわけでもない。そのような状況の中で、一体どのようにして研究のモチベーションを保っていけばいいのか。生活が成り立たないという現実を前にして、「自分が好きだから」や「人類に対するささやかな貢献」のみを支えに大学に残り続けるのは、あまりにもつらいのではないか。

まず一つ。惰性で大学に残っている人は、いちど大学の外に出てみてもいいのではないか。研究者が思っているほど、「外の世界」は狭くもないし冷たくもない。足で情報を稼ぎ、労働市場のルールを把握した上で適切なアウトプットを行えば、けっこう受け入れてもらえる。

二つ目。有能な研究者が食っていけるシステムを構築しなければならない。厳しい現状にあるとはいえ、人文系の研究というのは世の中に絶対に必要なものだから。

一人の人間が生活を営んでいく上で、ビジネス書だけでは解決することのできない哲学的な問題にぶち当たることは間々ある。そのようなとき、たとえ原書を直に読まなかったとしても、間接的な形で、例えばカントやニーチェやサルトルの知に救われるということはありえる。外国の哲学書を正確に訳せる人、難解な哲学書を解説してくれる人、時代に合わせて解釈してくれる人というのは不可欠であり、そういった人を育成する安定したシステムというのもまた、必要になってくる。

経済活動の主体としてではなく、悩みながらも充実した人生を送ろうとする個人として人間を捉えるならば、そしてそのような人間の集合として社会を捉えるならば、人文研究を行う機関をキープしておくことも社会的に有用なことのように思われる。

Tuesday, December 29, 2009

「ノスタルジア」

DVDで久々にタルコフスキーの「ノスタルジア」を見る。圧倒的な映像美。すべてのMis en scèneが完璧で、これほどまでに美しい映画を私は知らない。

この映画も、やはり記憶をテーマにしている。過去は常に現在として生きられる。記憶のなかにまぎれ込んだ私にとって、その過去は過去であると同時に現在でもある。

過去は過ぎ去るものであるが、同時に留まるものでもある。高校時代の私はいまでも柔道場で汗を流し、パリ時代の私は今日もJavelからChamp de Marsまで往復する。「いま=ここ」にいる私が私のすべてではない。「かつて=そこ」にいた複数の私も含めて、その全体が私である。

ロウソクの火を消すことなく広場の温泉を横断することができたら人類は救われる、と信じるドメニコの仕事をアンドレイは引き継ぐ。ローマで人類の危機を訴えるドメニコは、演説の終了と共に自らの身体に火を放ち自害し、ロウソクを灯したままの温泉横断に成功したアンドレイもまた、広場の端に到着すると同時に息絶える。

彼は私であり、私は彼である。二十世紀の思想は主体と客体の二元論を克服したと言われるが、「私」という存在を複数の「私」の布置(constellation)としてとらえたところに、その成果があったように思う。

文学・哲学

サルトルの『自由への道』第一部、「分別ざかり」を読了。最近、ようやく人文系の本が読めるようになってきた。パリから帰ってきたばかりの頃は、気ばかりあせってビジネス書しか読めなかったので。

ヨーロッパのアカデミズムに飛び込んでみて、自分が「哲学学者」には向いていないことを痛感した。ラテン語やギリシア語を幼少期から学び、カントやベルグソンを自分たちの文化として捉えている彼らにかなうわけがない。そもそも、例えばアルトー研究に生涯を費やし、自分たちのやっていることは人類に対する貢献なんだ、ということを信じきっている彼らの一員になるモチベーションがない。

プロとしてやっていく気はないが、それでも文学や哲学は必要だと思う。いまでも週一くらいのペースでフランス文学系の勉強会を開いているし、そこで気付かされることも多い。「これをやったからこういう得がある」というものでもないが、それでも面白さを感じられる、というのは大切だと思う。

文学や哲学は新しい世界を開示してくれる。しかし、それではニーチェを読破したら悟りの境地にたどり着けるのか、と言ったら、そんなものでもない。悩みや苦しみがなくなることはない。「それでも」、と僕は思うのだが、ニーチェを読んだことで得られる「何か」、というのはあると思う。

大江健三郎がどこかで言っていた。生きているかぎり問題が解決することはない。しかし小説を書くことで、自分が抱える雑多な問題がいくつかの点に結集し、星のように輝きはじめる。布置された星々は全体としてひとつの星座を形づくり、それは自分の人生そのものである。

デリダによれば「読むこと」は「書くこと」である。ひとは読書を通じて、「与えられた物語」を「自分の物語」として書き直していく。文学や哲学を読むことで、自分の生が星座となって表れることもあるのかもしれない。

Monday, December 28, 2009

2009

今年もそろそろお終い。一月から七月はパリ、七月から十二月は東京という、二都市で過ごした一年。途中でモードを切り替えるのが大変だった。

パリには去年の秋からいたので、フランスに対するカルチャーショックはすでに消えていた。一月からは大学もストに入り、割りと淡々とした日々。一緒に住んでいたムッシュと遠足に行ったり、アパートが水没したので一日がかりで掃除をしたり、六月にはモロッコへの一人旅も。このままアフリカから出られないかも、と思うことも何回かあったが、なんとか無事生還。パリ祭を堪能して、その翌日、七月十五日に帰国。

日本への帰国後、少し休養を入れるべきだったのかもしれない。日本に慣れる間もなく、いきなりフルで活動したので、そのギャップを埋めるのにけっこう苦労した。あるいは外人で暮らすということと、ネイティブで暮らすということの違いなのかもしれない。いま頃になって、パリのことを良く思い出す。

Invalidesの、長くてベコベコの動く歩道を足早に駆け抜ける。左側にはEmausの巨大なポスター。RER Cの改札をNavigoで通過し、右側のパン屋を眺めながら左側のエスカレーターでホームへ。ホームの端まで歩き、腰くらいの高さのベンチにもたれかかると、左上には旧式の掲示板。パタパタと表示が変わり、SARAかVICKが来たら電車に乗り込む。二階の座席に上がり、ドカっと腰をおろし、足を投げ出して窓の外を眺める。セーヌが右向きに流れていく。Invalides、Pont de l'Alma, Champ de Mars、やがて自由の女神が見える。そしてJavel。僕が降りる駅。

今でも、自分のドッペルゲンガーが毎日RER Cを利用しているんじゃないかと思う。(SNCFのストの日を除いて。)

パリは寒くて乾燥していた。日本から持っていったコートではとても耐え切れなかったので、十一月のある日、St. MichealのブティックでG-Star Rawの厚手のコートを買った。重さが2~3キロもある、防弾チョッキのような素材の、日本では売っていないやつ。-12度まで気温が下がったある日、そのコートを着てJavelまで歩いた。たしかに顔は冷気で痛かったけれど、これも悪くないよな、と思った。メトロの階段では、アラブ系の女性が物乞いをしていた。

いま、このコートを着て東京を歩いている。たしかに風を通さない、暖かいことは暖かいけれど、どこか違和感を感じる。首筋がごわごわする、肌が汗ばむ。文化圏の差異は、こういう所にあらわれるんだと思う。


「わたしは何でもない、何になることもないだろう、何でもないことを望むことはできない」
フェルナンド・ペソア


久しぶりに大学に行き、教授の研究室で雑談した。パリに行く前よりも距離が縮まったような気がした。僕がアカデミズムを去るから、住む世界がすでに違うから、ということもあるだろう。だが、おそらくそれだけではない。お互いにあのパリという街を体験した、パリという経験を肌に刻み込んできた、そこにはある種の連帯感があったように思う。その後、他の教授も研究室に乱入してきて、色々と話も盛り上がったのだが、我々の真ん中にはパリがあった。

アパートに着く。暗証番号を押しドアのロックを解除。壁に埋め込まれた鍵穴にキーを差し込み、二つ目のドアを開き、エレベーターに乗り込む。2em étage。エレベーターが開き、真っ暗な廊下の明かりをつけ、一つ角を曲がり、ムッシュ宅のドア。上部の鍵穴に鍵を差し込み、右に二回転、下部の鍵穴にも鍵を差し込み、ドアを手前に引っ張りながら、力強く右に一回転。

記憶が徐々に抜け落ちていく。パリに住んでいた時分から、やがてこの生活を懐かしむことがあるだろう、そして少しずつ抜け落ちていく記憶に悲しみを感じるだろう、と思っていた。事実、もはやムッシュ宅のドアノブの形を思い出すことができない。

先日、友達と十数年ぶりに母校の中・高に行った。その日は日曜日だったので、校舎には誰もいなかった。外から食堂を眺め、校庭を一望し、ガラス越しに柔道場を見物した。僕らの頃とは畳の色が変わっていた。

日本に帰国した直後、十数年ぶりに柔道部の仲間と飲み、十数年ぶりに社会科の先生と話した。おかしなものだな、と思う。いちばん遠いところから戻ってきたら、自分の過去が待っていた。


「お菓子のかけらの混じったそのひと口のお茶が口の裏にふれたとたんに、私は自分の内部で異常なことが進行しつつあるのに気づいて、びくっとした。素晴らしい快感、孤立した、原因不明の快感が、私のうちにはいりこんでいたのだ。」
マルセル・プルースト


『失われた時を求めて』のキー概念に、無意識的記憶(réminiscence)というものがある。何気ない刺激が自分の過去を一気に想起させること。ふと口にしたマドレーヌが、それまで意識することのなかった幼年時の記憶を開花させ、長大な物語をつむぎだしたように。

ベルグソンの言う「純粋記憶」ではないが、「いまここにいる自分」が「それまで生きてきた自分」も内包するのだとしたら、年を重ねるにつれて「いまの自分」の深みは増していく。『失われた時を求めて』の語り手は、「物語を書く」という現在を生き、同時に物語のなかの過去を生きた。過去を現在と同じ濃度で味わう、それは新しい価値を生み続けようとする近代の世界観とは相容れないが、ひとつの生き方ではある。

先日、中東の考古学を専門とする研究者と二人で飲みに行った。これまでやってきた文学や哲学を、むりに引き離そうとする必要はないのかもしれない。

Sunday, December 27, 2009

『自由への道』

電車の中でマリア・カラスの「トスカ」を聴きながらサルトルの『自由への道』第一部、「分別ざかり」を読む。久しぶりに小説を楽しむ。先生の今年の労作に感動。

この小説の主人公、マチウの姿に部分的に自分をダブらせる。34才、かつては冒険を追い求め、しかし現在は高校の哲学教師。完全に自由であることを願い、何ものにも拘束(engager)されたくないがために、何ものにもコミットしてこなかった男。ブルジョワを軽蔑しながらもブルジョワ的な生活を送り、現実から目をそむけ、自己欺瞞の中で責任を回避し続けてきた、しかしいいかげんに「分別」を覚えなければならない男。

『嘔吐』のロカンタンもそうだが、冒険に満ちた青春を送りながらも、結局は平凡な日常に落ち着く、そこに漂う一抹の焦燥感と、しかし「それでいいんだ」という納得の心持ちを描くのが、サルトルはうまい。「自由でなければならない」、という拘束からも自由であること。放浪にはロマンがあるが、責任がない分、現実に欠けている。

Friday, December 25, 2009

罪と罰

19世紀に発表されたドストエフスキーの『罪と罰』において、金貸しの老婆を殺した主人公のラスコーリニコフは、自分が犯した罪の重さに耐えられなくなって、自ら罰を求めた(自首した)。20世紀に発表されたカフカの『審判』において、何の前触れもなく捕らえられたヨーゼフK(だったかな?)は、自分に降りかかってきた罰の正当性を保つため、自らの過去に罪を求めるようになる。ミラン・クンデラがそんな分析をしていた。

『リア王』のなかでシェークスピアは「赤ん坊が生まれてすぐ泣くのは、この世に生を受けたことを悲しんでいるからだ」と書いたが、「生きること=罰」のような世界では、「罰」を正当化するための「罪」を捏造しないとやっていけない。生きることがつらい、なぜなら自分はあんなことをしたからだ、こんなことをしたからだ、自分が存在すること自体が罪だからだ、そしてその罪に見合うだけの罰をさらに求める、自分を痛めつける、苦しむことが自分の「罪滅ぼし」となり、存在意義となる。

Thursday, December 10, 2009

小説

小説を読まなくなって久しい。いちばん最後に読んだ小説は、パリからの帰国直前に読み終えたヘッセの『ガラス玉演戯』だろう。日本に戻ってきてからスタンダールの『パルムの僧院』を読み直そうとしたが、途中で挫折した。

純粋に忙しくて、小説を読んでいる時間がなかったということもある。だが、それだけではないような気もする。おそらく、小説よりも現実のほうが面白くなってきたのだ。ジュリアン・ソレルの冒険を頭の中で追走するよりも、自分の人生を身体をはって展開するほうがエキサイティングになったのだろう。

小説の楽しみは、主人公に自分自身を重ね合わせ、想像の中で冒険を追体験するところにある。(『ボヴァリー夫人』のように冒険のない小説もあるが、フロベールは僕の好みではない。ただ、フロベールが好きな人には興味がある。)だが現在、自分の現実の人生が十分に刺激的なので、あえて小説に冒険を求めようとは思わない。

人文系で言うならば、小説よりも哲学に魅力を感じる。最近だと、レヴィナスの『全体性と無限(Totalité et infini)』が面白かった。小説も哲学も、現実に対する新しい視点を読者に与える。ただ哲学のほうが、記述がより直接的なのだ。小説を読んでいると、どうもまどろっこしさを感じてしまう。

そう言えば、このところ漫画の『バガボンド』にハマリまくっている。基本的に漫画は買わないのだが、この作品は例外。漫画でしか伝えられない哲学がここにはある。そしてその哲学に、けっこうギリギリの状況のときに励まされたりもしてきた。物語が肌に合わない、論述のほうがいい、という訳でもないらしい。問題は情報の密度なのだろう。21世紀の読者にとって、19世紀や20世紀の小説は遅すぎる。

リンク:『バガボンド』の哲学的分析(by 内田樹氏)

Saturday, December 5, 2009

「木村伊兵衛とアンリ・カルティエ=ブレッソン」

恵比寿の東京都写真美術館で開催されている「木村伊兵衛とアンリ・カルティエ=ブレッソン」展に行ってきました。共にライカを使用し近代写真を切り開いたアーティスト、木村(1901~1974)とブレッソン(1908~2004)。あまり期待しないで行ったのですが、予想に反して面白かった。

戦後の日本の風景を白黒でとらえた木村の写真は、目にするのは今回が初めてだったけれど、どこか懐かしさを感じさせるものでした。ロラン・バルトが『明るい部屋』という写真論のなかで亡き母の写真について言及し、「ここに写る母はもういないが、この写真は母が確かに存在したことを証明する。《それは=かつて=あった》のだ。その事実が私を貫く」ということを書いていたが、木村の写真からも同じような印象を受けました。写真に写る彼ら・彼女らはもうすでにいないが、彼ら・彼女らは確かに存在したのだ。

ルーマニアの宗教学者、ミルチャ・エリアーデが「人間存在の破壊されえないこと(indistractivility of human existence)」ということを言っている。何が起ころうとも、どれだけの時が経とうとも、ある人が(例えばあなたが)存在したという事実は決して否定されない。人間存在の不滅性を、写真は刻印する。

リンク:「木村伊兵衛とアンリ・カルティエ=ブレッソン」