ユスナールの『ハドリアヌス帝の回想』を購入。久々の文学作品。結局ここに戻ってくる。文学は自分の故郷であり、これまで心血を注いできた場所。形は変われども、ここから離れてはいけないと思う。たぶん、ここから離れたら自分自身が大きく損なわれる。(すでに少しずつ損なわれ始めている。)
この五年間で最も濃かった時期はパリ留学時代で、その頃の自分を完全にフォローしていたのは一人しかいない。そのことに気付いて、そうかと思い、哀しくなる。
昔の生徒から勉強の相談メール。明日の午前中、自宅のそばで会うことに。彼にもがんばって欲しい。なんだか、こういうポジションが性に合っている。自分としてはいちばん楽。
近所のジュンク堂でいろいろと本を物色。アルトー後期集成の第三部がようやく出ていた。予定から何年遅れたんだろう。流石にもう買う気にはならない。フロベールの『感情教育』の新訳も出ていた。読みたい本としてはムージルの『特性のない男』。二十世紀の三大小説のひとつ(残りはプルーストとジョイス)で、未完の大作。
プロとして文学をやっていくのは辛いご時世だけど、文学そのものの力は衰えることはない。社会の一員として何を行おうとも、どんな大きな仕事をしようとも、最終的には自分は一人の人間としていかに生きるのか、という問題に突き当たる。自分の核を形成する哲学が必要であり、哲学を育成する知性が必要であり、知性を鍛錬する良質の刺激が必要である。知性も筋肉と同じで、訓練しないと衰えていく。哲学的内省の時間をいかにしてとるか、ということを考えていかないと、おそらく大きな後悔をすることになる。
十年の時を経て、ようやく文学のアマチュア(愛好者)に戻れたのかもしれない、と思う。
この五年間で最も濃かった時期はパリ留学時代で、その頃の自分を完全にフォローしていたのは一人しかいない。そのことに気付いて、そうかと思い、哀しくなる。
昔の生徒から勉強の相談メール。明日の午前中、自宅のそばで会うことに。彼にもがんばって欲しい。なんだか、こういうポジションが性に合っている。自分としてはいちばん楽。
近所のジュンク堂でいろいろと本を物色。アルトー後期集成の第三部がようやく出ていた。予定から何年遅れたんだろう。流石にもう買う気にはならない。フロベールの『感情教育』の新訳も出ていた。読みたい本としてはムージルの『特性のない男』。二十世紀の三大小説のひとつ(残りはプルーストとジョイス)で、未完の大作。
プロとして文学をやっていくのは辛いご時世だけど、文学そのものの力は衰えることはない。社会の一員として何を行おうとも、どんな大きな仕事をしようとも、最終的には自分は一人の人間としていかに生きるのか、という問題に突き当たる。自分の核を形成する哲学が必要であり、哲学を育成する知性が必要であり、知性を鍛錬する良質の刺激が必要である。知性も筋肉と同じで、訓練しないと衰えていく。哲学的内省の時間をいかにしてとるか、ということを考えていかないと、おそらく大きな後悔をすることになる。
十年の時を経て、ようやく文学のアマチュア(愛好者)に戻れたのかもしれない、と思う。
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