Sunday, December 27, 2009

『自由への道』

電車の中でマリア・カラスの「トスカ」を聴きながらサルトルの『自由への道』第一部、「分別ざかり」を読む。久しぶりに小説を楽しむ。先生の今年の労作に感動。

この小説の主人公、マチウの姿に部分的に自分をダブらせる。34才、かつては冒険を追い求め、しかし現在は高校の哲学教師。完全に自由であることを願い、何ものにも拘束(engager)されたくないがために、何ものにもコミットしてこなかった男。ブルジョワを軽蔑しながらもブルジョワ的な生活を送り、現実から目をそむけ、自己欺瞞の中で責任を回避し続けてきた、しかしいいかげんに「分別」を覚えなければならない男。

『嘔吐』のロカンタンもそうだが、冒険に満ちた青春を送りながらも、結局は平凡な日常に落ち着く、そこに漂う一抹の焦燥感と、しかし「それでいいんだ」という納得の心持ちを描くのが、サルトルはうまい。「自由でなければならない」、という拘束からも自由であること。放浪にはロマンがあるが、責任がない分、現実に欠けている。

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