共時性。ビジネスというフィールドを介して、歴史は我々がつくる。そのためにもマーケットに圧倒的な波を起こす。
Tuesday, January 3, 2012
会社
自分が所属している会社の価値というものをきちんと認識しなくてはならない。いいことをやって儲けよう、という理念、しかもそれがこれからの日本、さらには世界を変えるような、いや、現実にすでに世界を変えつつある、そんなプライドの持てる仕事。他者(社)との比較によってしか自らを価値付けできないような、そのようなものではなく。そして仕事を通して生き方を学べるような、日々是研修であるような、そのようなあり方。この会社が行おうとしている、つまりは私が行おうとしている、なぜなら会社は皆のものであると同時に私のものだから、ビジネスという場における最先端の実験。自らが所属する組織を客体として眺め、そこに自らのプライドを依存させるような、そのようなあり方は下らない。そしてそのためにも、きちんと儲けなければならない。きちんと圧倒的に金持ちにならなければならない。それこそがビジネスという場における存在証明だから。
Sunday, January 1, 2012
『シンクロニシティ』
リーダーシップとは、つまりは人間の可能性を解き放つということだ。すぐれたリーダーシップに必要な条件の一つは、そのグループにいる人々に活力を与える能力である。人々の心を動かし、勇気づけ、活動に集中させる能力であり、一心不乱に取り組み、最大限の力を発揮してものごとを行う手助けをする能力である。
人々に活力を与えるというこの能力の重要な要素は、その人たちにに対して伝えることだ。あなたがその人たちのすばらしさを信じている、ということを。その人たちにはほかの人に与えるべき何か大切なものがあることが、あなたにはわかっている、ということを。
『シンクロニシティ』 ジョセフ・ジャウォースキー
しかし、私に必要なのは、私が死にもの狂いになって求めたのは、知識や理解ではなく、体験であり、決定であり、突進であり、飛躍であった。
『荒野のおおかみ』 ヘルマン・ヘッセ
実家に帰って後期ヘッセの文庫本を持ち帰る。大学時代に受けたギリシア悲劇の授業で、教授がみずからの運命を生ききることの偉大さを解説していたが、そのための行動をとれるフィールドを持っているということの僥倖を噛みしめるべきなのだろう。個に固執するのではなく時間を超えた宇宙の真理に身を任せるとき、因果律を超えた偉大さは生まれる。
2012
2012年がいよいよ始まった。仕事の面で言うと、昨年はリーダーとしての修業の年、そして今年は実際にものごとを展開させていく年になる。昨年のはじめに今のポジションに就いて、様々な指摘を受けながらいろいろと模索してみて、ここまでに見えてきたものも少なからずある。チーム全体の共有ビジョンを実現するために重要なのは自分の良し悪しを他人と比べることではなく、各人が各々の力を存分に発揮できるような場を作ることであり、掛け合いによって生まれるものの力を信じることである。
自分自身に固執し、非常に狭い視野で世界を見ていたステージを脱却し、新たなステージに登らなければならない。以前指摘されたとおり、私の弱点が「場の力を信じられない」ところにあるのだとしたら、それは克服されるべきものなのだろう。そして一般論として書かれた「場」に対する考察がそのようなチャレンジの手助けになるのであれば、最終的には行動に移さない限り無意味だという前提を踏まえた上で、それを利用しない手はない。ということで、『シンクロニシティ 未来をつくるリーダーシップ』(ジョセフ・ジャウォースキー)と『出現する未来』(ピーター・センゲ 他)を購入。
Friday, August 26, 2011
Tuesday, August 23, 2011
バー
行きつけのバーでヤマちゃんさんと知り合いになる。酔った勢いで人をぶん殴っていろいろごたごた大変らしいけど、メッチャいい人。世の中おもしろい。
パトリック・ジュースキントの『香水 ある人殺しの物語』を読んでいる。こちらもなかなか。
iTunesではっぴいえんどのアルバムを買う。そんな感じ。
Wednesday, August 17, 2011
神田
連休だったので久々に実家に帰ったり、大学時代の友達にあったり。
学生時代に一緒にアルトーの勉強会を開いていた女友達と神田で待ち合わせをしてクリムトでワインを飲んだ。二件目のバーでもう一人の女友達が合流、三人で酒を酌み交わす。途中でフランクさんが来店、昼は商社、夜はオペラ歌手という異色の天才で、お目にかかるのはお初だったけれどやけに意気投合して、みんなでオペラを歌う。
あっちに行ったりこっちに行ったりと話題は尽きなかったけれど、渡辺一夫の偉大さを再認識したり下村湖人の存在を教えてもらったりと、言葉に尽くせぬすてきな夜だった。文化というものの偉大さを改めて実感する。
話は前後するが、松丸本舗で本を購入。パトリック・ジュースキントの『香水』だとか、河合隼雄のユングの本だとか。自分の根底の部分を見つめ直すと、そこにはいつも文学がある。それだけはいつまでたっても変わらないんだろうな、と思う。
自分の中に常に新しい物語を通過させないと自分自身がなくなる。これは空気を吸ったり食事をしたりするとの同じくらい、非常に現実的に必要なことである。
Tuesday, August 9, 2011
徒然
コンビニに行ったら「ぴあ」の最終号を見つけた。思わず買ってしまった。大学生の頃は「ぴあ」で見つけた映画に足しげく通ったものだが、そんな日々も今となっては遠い昔のこと。あのころは映画を一本見るのにも財布の中身を気にしていた。金はなくても時間だけはあった時代。いまは金はあっても時間がない。
飯田橋の「ほしの」に一年半ぶりに行く。マスターは僕のことを覚えていてくれた。思わず一人で深酒する。今の仕事に就く二日前、上智大学の女友達と一緒に朝の4時まで飲み明かした。
バーに寄って帰るのがささやかな楽しみ。頼むのはフレンチ・コネクション。ジャズを聴きながら。一年近く通いつめて先日はじめてマスターと言葉を交わした。バーテン歴20年。10年続けると仕事もいろいろと見えてくるらしい。
Jim JarmuschのDown by LawをDVDで流している。野郎三人、森の中でたき火を囲んでいる。Tom Waitsが好きで、ゴダールの「カルメンという名の女」のワンシーンが忘れられない。
フランスにいたときに感じたフランス人の仕事の仕方。徹底的に休みたいから、徹底的に仕事を効率化する。無駄なことはしない。細かなことにこだわりすぎない。いま求められているのも、そういうことなのかもしれない。
おそらく体の奥の方が純粋に、非常に疲弊しているんだろうな、と思う。疲弊の極北の中で自分が確実に失われていくのを感じる。過去の自分に幻想を抱くような歳でもないが、それでもパリに戻りたいと時々思う。
アルトーを研究していたから、という訳でもないだろうが、自分にとって「分身」というのは生涯つきまとうテーマになりそうだ。ジュネが『泥棒日記』においてすでに提示していた他者としての自己という感覚は、私にとっておそらく唯一の救いである。そんな私の楽しみは、そのような存在としての自分を徹底的に突き放し、もてあそぶことであろう。
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