Sunday, February 21, 2010

ビジネス書

午後から仕事。ちょっと疲れが溜まっているが、好きな仕事なので苦ではない。来週末は資格試験。

三月の頭くらいまでに、これまでの仕事の総括と業界分析のレポートを作成しようと思っている。今後の仕事にも繋がることだし。どうせだから、エクセルでわりとカッツリと作ろう。

本屋で経済学、経営学系の本を眺める。今年のビジネス書No.1、『ブラックスワン』はやはり読んでおきたい。後は、『イノベーションのジレンマ』とか『ネクスト・マーケット』とか。特に『イノベーションのジレンマ』あたりは必読書。

Saturday, February 20, 2010

レジス・ドブレ

完全休養。軽く筋トレをしただけ。

去年お世話になったエージョントからインタビューの依頼を受ける。自分の活動を総括する意味でも、OKを出そうかと思っている。

本棚からレジス・ドブレの『一般メディオロジー講義』を取り出し、パラパラとめくる。ある思想が現実的な力に至るまでのメディア(媒体)を、キリスト教やマルクス主義を引き合いに出しながら論じた本。これ、言い換えると、キリスト教やマルクス主義をケーススタディとしたマーケティングの戦略分析、ということになると思う。たとえば、キリスト教は新しい顧客(信者)を獲得するために、どのようなブランド戦略を作成したのか。

キリストを大工の息子として受肉させ、いちど大衆のレベルにまで落としたことで、潜在顧客である一般人は自己投影しやすいイメージを獲得した。「あのキリストだって神の領域にまで達することができたんだ。それなら私だって!」という風に。構造的にはプロアクティブの広告と同じ。高感度の高いタレントをイメージモデルとして起用し、「いまではこんなに素敵にな彼女も、昔はあなたと同じようににきびで悩んでいた。わが社の製品を使うことで彼女は変わることができた。だからあなたもわが社の製品を使いなさい!」と宣伝する。キリスト教もまた、「いまでは神の領域にいるキリストも、昔はあなたと同じような平民だった。神に目覚めたからこんなにも偉大になれたんだ。だからあなたもキリスト教に入りなさい!」という物語を提供する。(あるいは、「あなたと同じように身持ちを崩したアウグスティヌスも、キリスト教への回心を経てこんなに立派に!」キリスト教はそんな物語の宝庫。)

キリスト教のここら辺の構造を非難したのがニーチェ。キリスト教は最初に「この世は苦しい、人生はつらい」という世界観を吹き込み、次に「何も考えずにキリスト教に入れば救われますよ」とそそのかすことで拡大してきた、というのが彼の見解。

(だからと言って、ニーチェの超人思想が完璧だとも思わない。あまりにも観念的だし、充足を得るには他者の存在が必要、という現実も無視している。また、フランスで敬虔なカトリック教徒とずっと暮らした経験から、キリスト教がもたらす力強さにもリスペクトを抱いている。)

とにかく『一般メディオロジー講義』、コトラーのマーケティング入門書と一緒に読んで、近いうちにまとめてブログに載せます。自分の仕事に生かせる部分が見つかるかもしれないし。

* キリストを一人の人間として描き出したニコス・カザンザキスの『キリスト 最後のこころみ』を読むと、悩める若者、キリストに感情移入せずにはいられなくなる。この感情移入こそがキリスト教普及の原動力であった、と考えることもできるのだろう。ただ、「人間としてのキリスト」という解釈は異端なのかもしれない。実際カザンザキスは、この本が原因でキリスト教を破門させられている。

Friday, February 19, 2010

『ビジョナリーカンパニー2』

『ビジョナリーカンパニー2』を読了。「凡庸」な会社がいかにして「偉大」な会社になったかを分析した本。データとしては面白いし、自分の会社を客観的に評価する基準としては非常に有効。しかし、あくまでも会社という組織を分析対象とした論考なので、個人として自分の人生をどのように選択するかとなると、また話は別。「偉大」な会社の一員になることがすべてではないので。

年度末ということもあり、自分も含めて人生の転換点にいる人たちが多い。そういう場に立ち合えるということがエキサイティングだし、お互いにヘルプしあいながら人脈を増やしていったり、ということも面白い。

なぜか、ラカンの象徴界と草食系について思いを巡らす。人間の欲望は尽きることがない。高級な車を買ったら、今度は家が欲しくなる。立派な家を買ったら、今度は若さが欲しくなる。しかも途切れることのないこの欲望の連鎖、自分の中から自然に湧き出たものではない。高級な車が欲望の対象となったのは繰り返されるコマーシャルのせいかもしれないし、若さを崇拝する風潮だって現代社会によってすり込まれた迷信かもしれない。

おそらく数十年前ならば、永遠に続く欲望の連鎖に疑問を抱くこともなかった。男は車を欲しがるのが「当然」であり、家を欲しがるのが「自然」だった。欲望は他者によって作られる、ということを考えることはなかった。しかし現代、欲望は他者によって作られる、ということを誰もが知っている。そして、欲望の連鎖には終わりがないことも。さらに、「どうせ終わりのない欲望ならば、何を獲得しても『何かが足りない』という思いを抱き続けるのならば、最初から何も望まない方がよっぽどシンプルじゃないの?」とも感じている。

と、思いつくままに書いてみたが、こうして見てみるとどうもニヒリズムに近くなる。ただニヒリズムの場合、人生における最終的な目標(ラカンの言う対象aみたいなもの?)を諦めた結果、人生は完全なる無法地帯へと変わり、タブーはなくなり、何でもありの世界で遊びまくる、というような方向に進む。しかしいま言われている草食系の場合、最終的な目標なんてないなら最初から動かなくていいよね、という方向に進んでいるような気もする。ニヒリズムだと他人に迷惑かけまくり、その代わり何かが変わるかもしれない。草食系だと人畜無害、ただそこからは何も生まれない?

ちなみに、フランスから帰ってきたときにいちばん驚いたのが、「草食系」と「婚活」という言葉が生まれていたこと。そんな言葉、一年半前にはなかったのに。

Wednesday, February 17, 2010

治った

風邪、一日で治った。というか治した。だらだら寝込んでる暇もなかったので。

Tuesday, February 16, 2010

風邪

風邪。熱。頭痛と筋肉痛。薬で熱を下げたからいいようなものの、まったく。。。今日はオフ、でも明日は仕事。試験も迫ってるし、寝込んでるヒマなどない。熱でうなされている間、パリのことを思い出してた。今回は日本なだけいい。

Sunday, February 14, 2010

クンデラ

ミラン・クンデラの『可笑しな愛』を読み返す。以前は単調でつまらない短編集だと思っていたが、実は非常に面白い作品だということを発見。それから、近々引っ越すことになったので、ぼちぼち物件探し。都内での移動なので、それほど大変ではないが。あとは、またもや神楽坂でフランス系アフリカ人の店員とフランス語で会話。久々にフランス語のネイティブと話したが、案外いけた。そんな感じの日々。三月以降の予定がはっきりしたので、またここからエンジンをかけ直す。

Saturday, February 13, 2010

自分で

友達に相談されていた案件はとりあえず一段落。全体的なアウトラインだけを伝えて、細かい作業は自分でやってもらうことに。

それにしても意外だったのが、プログラミングをやったことのない人にとってプログラミングができるということは、なんだかすごいことに思えるらしいということ。VBAも本格的に勉強してみようと思う。

『ビジョナリーカンパニー』を読んだり、簿記の勉強をしたり、あとはプログラミング系を調べたりしながら思った。起業するのも面白そう(というか、そのほうが手っ取り早い)。いますぐにと言うわけではないが、そういう視点はキープしておこう。これまでリスクなんて考えずに進んできたのだから、いまさらリスクを恐れるのも馬鹿らしい。もちろん、大胆さと無謀は全く違うので、しっかりと準備をしてからだが。