Friday, February 12, 2010

バンコク

二十歳の頃にひとりでバンコクに行って、深夜に空港に着いてタクシーで市内に入り、ホテルを探して裏道をウロウロとしていたのだがホテルはどこも満室だった。これじゃあ今夜は野宿かな、と思った瞬間、あぁ、なんて自由なんだ、ということに感動した。

ニコス・カザンザキスは次の墓碑銘と共に眠っている。「私は何も恐れない、何も望まない、私は自由だ。」

Thursday, February 11, 2010

イタリア人

神楽坂で知人数人と飲む。外国人男性が一人で店に入ってきたので自分たちのテーブルに誘ってみる。イタリア人で、期間限定で日本で働いているらしい。で、それから三時間くらい、英語でずーっとけっこうディープなディスカッション。自分の意見を言いつつ他のメンバーの通訳もしたので、疲れた。もうしばらくいいや。

Wednesday, February 10, 2010

『ビジョナリーカンパニー』

ビジネス書の古典、『ビジョナリーカンパニー』を読了。際立ったエリート企業18社を分析し、共通する特徴を抽出してまとめた本。非常に面白い。自分の会社と比較して読むと、さらに楽しめる。さっそく『ビジョナリーカンパニー2』も注文しました。

読んでおきたい本がいくつか溜まっている。まずはドラッカーの『マネジメント』。それからコトラーのマーケティングの入門書。マーケティングの本はすでに何冊か読んでいるが、一応コトラーも押さえておきたい。

Monday, February 8, 2010

Access

友達から相談された案件は、VBAを使わなくてもAccessの基本機能だけで対処できそう。ただ、本屋でプログラミングの本を色々と見ていて思ったのだが、ExcelのVBAくらいはできた方がいい。比較的時間が自由になるいまのうちに少し勉強してみようかとも思う。

ITも、勉強し始めると面白い。ただ、これにすべてを捧げることはできないな、とも思う。理工学部から文学へと転向したのも、結局はそれが原因だった。アルトーを介してラカンに触れ、シニフィアンの連鎖としての主体にニヒリズムを感じつつ、しかしそのニヒリズムをニーチェ的な力への意志に転換する。しかし、すべてを冷ややかに眺めるニコライ・スタヴローギンの視線によって、結局はニヒリズムへと回帰してしまう。そんな系譜の延長線上にパリ留学があった。とりあえずそこまでやったからこそ、文学に対してもある程度距離をおけるようになったし、プログラミングなどを面白く思えるようにもなったのだろう。

Sunday, February 7, 2010

VBA

友達とビリヤード。で、ひょんなことからVBA(エクセルやアクセスで使うプログラミング言語です。念のため)を勉強するはめに。入門書を買ってザッと読んでみたが、やばい、ちょっと面白そう。

プログラミング言語としてすでにHTMLとCSSは使える。二十代前半の頃にサイト作りにはまって、気が付いたら朝までプログラミングしてた、ということもよくあったので。当時は色彩の本を買ったりバウハウスのデザインを研究したりと、けっこうなエネルギーを注いでいた。内容は英語の(今で言う)ブログのようなもので、海外からもそこそこ反響があったりして面白かった。

とりあえず、二日でVBAの全体像を把握しなければならない。簿記の勉強やら仕事やら、あとは友達からフランス語のチェックなども頼まれているのに、となかなか忙しいが、どれも面白いので苦ではない。ただ、明日も五時起きだな。

Friday, February 5, 2010

二月

二月も五日が経過した。早い。一月の後半、朝の五時に起きて帰宅するのが夜の十時、というような生活を送っていたので、二月に入って少し時間に余裕ができてしまうと、とたんに物足りなさを感じる。まぁ、それでもやるべきことは色々とあるので、別にいいのだが。簿記の勉強をしたり、仕事の下準備をしたり、それから基礎体力をアップすべく少し体をいじめたりと、やっておきたいことは山積み。

iPhoneでFigaroとLiberation(両方ともフランスの新聞)をチェック。フランスでは、相変わらずストをやっているらしい。経済状態が厳しいときにストなんかやって、自分で自分の首を絞めているようなものだ、という気もしないでもない。昨年の大学ストのときのように、また極左が裏で動いているのかもしれない。

iPhoneでNew York Timesも確認。植物状態の人の脳をグラフィカルに表示することで、その人が考えていることが分かる技術が開発されたらしい。患者にYes、Noで答えられる質問をしてみる。すると、答えがYesのときとNoのときでは脳の活動する領域が異なる。ただ、まだ技術的に不十分な点もあるし、倫理的な問題も残っている、との内容。たとえば「あなたは死を望むか」というような質問を植物状態の人にしたとする。たとえ答えが「Yes」だったとしても、実はその後に「But...」が続くのかもしれない。ただ、脳の状態を見ただけではこの「But...」の続きが分からない。(リンク:Trace of Thought Is Found in ‘Vegetative’ Patient

そう言えば、パリの三越が閉店するらしい。僕がいた頃からすでに閑散としていたので、当然なのかもしれない。

そんな感じの日々。明日は朝から図書館にでも行って思いっきり勉強して、夕方から仕事。明後日は久々に友達とビリヤード。

Thursday, February 4, 2010

マネジメント力

パリ留学時代のムッシュは、「教師の役割は知識を教えることではなくてメソッド(方法)を教えることだ」、と言っていた。それは真実だと思う。メソッド、言い換えればマネジメント力。ある特定の目標を達成するために限られた資源を最も有効に活用すること。現状を分析し、目標とのギャップを認識し、そのギャップを埋めるための戦略を立て、それをアクションプランにまで落とし込むこと。さらには自分のメンタル面の特徴を把握し、自分が最も効率よく作業できる環境に自らを落としいれる、あるいはモチベーションを維持するために自己イメージを改変すること。

現在の日本においてこのようなマネジメント力を身に付ける最も手っ取り早い方法の一つが受験。事実、家庭教師で受験生を見ていたとき、過去問を解くたびに現状分析と今後の対策、さらにアクションプランと、その対策の効果を判断する基準を言わせていたら、わずかな時間で驚くほど成績が伸びた。

これは自戒の念もこめて言うのだが、逆に大学生、あるいは大学院生でも、マネジメント力のない者は具体的な成果を出せない。瑣末な知識の断片が頭の中に浮遊しているのだが、それを体系化し、ひとつの作品としてアウトプットするシステムが構築されていないので、ただのマニアになってしまう。しかも困ったことに、知識だけはあるので、自分は頭がいい、と勘違いしてしまうのである。