仕事に忙殺されている、ということを言い訳にして自分自身の人生を生きることから目を背けないこと。デビッド・フィンチャーの新作を見てそんなことを思う。今から四年前、パリにまで追いかけ続けたものを今の自分は忘れかけている。Vivre ma vie. 何のために英語とフランス語をマスターし、何のためにフランスに旅立ったのか。過去の自分を美化するつもりはないけれど、もう少し自分の原点を見返してもいいのではないか。
人間がもつ闇の部分をもっとしっかりと見つめなければならない。かつて、初めてカラマーゾフを読んだときに感じたように、右目で人類最上の美を拝み、左目で身を焦がす醜悪を凝視する。イ・ブル展を見て感じたこと。
身体の細胞の一つひとつが、物語を求めている。それは言い換えればいまの僕が自らの物語を見失っているということでもある。知性の喪失と再生。
「苦しみがなくなるようにとか、苦しみが少なくなるようにとか求めないこと。そうではなく、苦しみによって損なわれないようにと求めること」
シモーヌ・ヴェイユ
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